百貨店がブランドの導入にひた走るのは、身もふたもない表現だが、売れるからだ。海外ブランドブームが起きるたびに百貨店は予想以上の売上を上げた。第二次ブームのバブル経済時も、百貨店の売上はブランド効果で毎年七〜八%も前年の売上を上回っていたが、、。ハブル崩壊後、売上の伸びが止まったことに危機感を感じた百貨店は、構造改革を叫び、自主MD(商品計画)の強化を志向しはじめる。しかし、これは百貨店業界のいわば「お約束」だ。高コスト低収益体質の百貨店は、売上低迷の壁にぶつかるたびに、他社任せの商売から足を洗い、粗利益率の高い自主編集売場に力を注ごう、と号令をかけてきた。要するに、不況の時の恒例行事のようなものだ。いつも実現には至らず、そのうちに景気が上向いて、構造改革の必要性は忘れ去られる。この繰り返しだ。真剣に構造改革の必要性を考える百貨店マソがいないわけではないが、結果的にはただひたすら景気の回復を待ち望むばかりで、根本的な問題解決には手をつけてこなかった。バブル崩壊後もそうだ。景気が良くなったわけではないが、ブランド品だけは二、三年後には上り調子を取り戻し、再び売上を使ばしはじめた。景気低迷が続き、ほかの売場、ほかの商品の売れ行きが芳しくない中、数字を上げてくれるブランド品は百貨店にとってはありかたい存在だ。ブランドによって、他店との差別化を図ることもできる。こうして、百貨店は以前にもましてブランドの導入に明け暮れたのである。特に、百貨店が執着するのがヴィトンだ。百貨店の中には、「ヴィトンの導入は悲願」というところが少なくない。たとえば、名古屋の名鉄百貨店は10年かけてヴィトンを誘致し、九八年四月についに悲願を成就させた。一〇年待った甲斐あって、ヴィトンは期待以上の売上を確保した。初日の売上は三〇〇〇万円。その年ヴィトンは一年で二〇億円を売り上げた。これだけの数字を上げてくれるブランドはほかにない。もちろん、百貨店の自主編集売場では到底望めない数字だ。こういう数字を見せつけられると、ほかの百貨店もヴィトンヘの思いがさらに募る。ヴィトンは三顧の礼をもって迎えられるブランドなのである。ブランド側としても、集客力が高く、高級ブランドにふさわしい売場を百貨店が提供してくれるならば願ったりかなったりだ。小さなコーナーや、ほかのブランド品がすぐそばに並ぶような売場レイアウトでは、ブランドの世界観を演出できない。ブランドらしさを明確に打ち出し、高級感を維持するためには、ある程度の広さとふさわしい場所は欠かせない。両者の意向が一致した結果が、日本橋の三越や銀座の松屋に代表されるような一階の売場である。