美容院を経営する祖母の傍らで大きくなった私は、小さい頃から祖母に「あなたは美容師に向いている」と言われ続けて育ちました。その言葉に何の疑問も抱かず、高校を卒業すると東京の山野美容高等学校に入り、美容師としての勉強を始めました。ところが美容学校で学ぶうち、美容師になるという道に疑問を抱くようになったのです。端的に言えば、お客さまの要望に応えて髪型をつくるだけの仕事は嫌だ。自分で創造する仕事がしたい。そうした思いがふくらんで、最終的には東京で美容師免許を取得すると、ヘアメイクの道に飛び込んでいました。フリーのヘアメイクとして最初に入ったのは広告の世界です。広告用スチールの撮影、雑誌などがメインで、二次元での瞬間的な美しさを創り出す仕事に携わっていました。その世界で約八年が経とうとした頃、ちょっとしたきっかけで「映画の仕事をしてみない?」と声をかけられたのです。そう言われたとき、「映像なんて簡単」と感じたのが正直な本音です。瞬間ではあるけれど完璧な美が求められる広告では、髪の毛1本1本まできちんと美しく整えておかなければならない。でも映像は画面の中で動くものだから、髪の毛が1本乱れようとうるさく言われるような世界じゃない。そんな思いで、「いいですよ」と気軽に承諾したのです。加えて広告の仕事に疑問を感じ始めていた頃でもありました。若くて美しいプロのモデルをきれいにするという仕事に物足りなさを覚えていたこともあります。何より正面からの顔しか写らないのが広告です。それが私にとってはつまらなかった。斜めからの表情やフレームが映るものが欲しかったのです。そんなこともあって、「映像の仕事、いいじゃない!」と安易に考えて入ってみたら、とんでもない。無茶苦茶むずかしくて、求められるものも多い厳しい世界。ほどなく自分の考えの甘さを思い知らされることになりました。映像の仕事では、役を作るためにたくさんデザインストックをもっていなければいけない。メイクにも多大なデザイン性が要求されます。たとえば、あるひとりの女優のために作ったメイクと髪型は彼女だけのもの。ドラマの中で、そのメイクとヘアスタイルができるのは、彼女の演じる役だけです。役の異なるほかの女優たちには、同じメイクやヘアスタイルはできません。しかもひとりの俳優だけを手がけるわけではありません。三〇人も四〇人もの女優・俳優たちを、それぞれの役に合わせてメイクし、髪まで作る。それには数百パターンのデザインストックをもっていなければ対応できないのです。さらに、そこでは常に「結果」が求められます。フィルムで撮る映画は違いますが、テレビの撮影などは撮影シーンがカメラモニターでチェックできるようになっていて、仕事の結果がその場で判断されてしまいます。肉眼で見るよりも、カメラのレンズは正直に出来、不出来を映し出してしまう。ハイビジョンの時代になると、自分の仕事の結果はよりシビアに問われます。毛穴の一つひとつ、小さなシミ、口元の薄いシワ、そうしたものまで容赦なく映し出してしまう細密画像を可能にした映像技術に、どう対抗するかが課題のひとつでした。ハイビジョンの怖さを実感していたのは、私たけではありません。何よりも、その中に身を置き続けなければならない俳優たちのほうが問題は切実です。ですから当然、要求も厳しくなります。